第40話は、アジアプロレス王座決定戦で見事優勝を果たしたタイガーマスクの祝勝会と帰国第一戦が描かれる。良い場面が三つある。羽田空港に到着したタイガーマスクを日本プロレス協会の面々が出迎えるのだが、坂口征二が初登場。坂口は、タイガーマスクの優勝を讃え、タイガーは、柔道家坂口のプロレス転向を歓迎する。短い会話だが、実在人物坂口征二を通じて、視聴者の住む世界とタイガーマスクのいる世界が融合する。幸福な錯覚をあたえてくれる。祝勝パーティーには、嵐虎之介も招かれていた。嵐虎之介の口から、ミスター?の正体であった「グレイト・ズマ」の名前が出る。嵐虎之介に語られることによって伝説のレスラーは、偉大さを増す。また、嵐虎之介とグレイト・ズマはどっちが強いのかと、プロレス格闘技ファンに至福の空想をもたらす。そして、この会場に使われたホテルには、職を変えながら逃走を続けている大門大吾がボーイとなってまぎれ込んでいた。二人は、会場を抜け出し庭園で再会を果たした。交わされる言葉に意味は少ない。ただ、互いが生きていることだけが嬉しい。日本プロレス協会では覆面を被り、ちびっこハウスではキザにいちゃんを演じる孤独な主人公に、こんな友達がいることが視聴者としても我がことのように頼もしい。なお、このパーティーには、ちびっこハウスの面々とルリ子まで招待されていた。レギュラーキャラクターが一堂に会するという趣向は理解したいが、公式の場に、ちびっこハウスを出すのは危険ではないか。実際、ミスターXは、影から様子をうかがっていた。大門の逃走経路すら把握しているのだ。
帰国第一戦は、馬場とタッグを組んで、マーチン&レナード組と対戦。この外人組のモデルは、スカル・マーフィーとブルート・バーナード。必殺技ウルトラタイガードロップを失い、反則雑じりのラフファイトで暴れるタイガーマスクを見つめるミスターXの表情には、久しぶりに余裕がある。タイガーマスクを確実に殺せる男が日本にやってくるからだ。次回より赤き死の仮面編である。
第41話「赤き死の仮面」。開巻の場面はタイガーマスク対ブランチーの試合。両者のシングルマッチがアニメで描かれるのは、二度目である。前回はワールドリーグ公式戦で、結果は時間切れドロウ。ブランチーのモデルはフレッド・ブラッシー。力道山時代、外人レスラーの噛みつき攻撃で、日本人が血だるまにされ、それを見た老人が次々とショッック死をした。一つの時代を象徴するこの事件の張本人がフレッド・ブラッシーだった。“噛みつき魔”“吸血鬼”の異名をとった悪役レスラーの代名詞だった。余談であり私事になるが、この項の筆者はフレッド・ブラッシーの試合を観ていない。ただ、祖母が噛みつき癖のある猫にブラッシーという名前をつけて飼っていたことで、その名を疑似体験の如く記憶することになった。また、学校で歯の構造を説明されるとき、必ず、「やすりで歯を磨いたところで、歯は丈夫になるものではない」というサジェスチョンが付けられた。ブラッシーは来日したとき、噛みつき技を印象づけるため、やすりで犬歯を磨くパフォーマンスをやった。これもまた筆者は見ていないのだが、ブラッシー=噛みつき=やすりはセットとなって広く日本人の記憶に残ったのだ。もちろん、やすりで牙を研ぐ描写は「タイガーマスク」の中で描かれている。さて、ブランチーは、タイガーマスクがウルトラタイガードロップを仕掛けると、アジア王座決定戦でミスター?=グレイト・ズマが取った方法と同じやり方で防いでしまう。老獪な戦術に今回も手を焼くタイガーマスク。観客は固唾をのんで見守る。静まり返った体育館のガラス窓がガタガタと鳴る。そのとき、天井あたりを高速で飛び回るものがあった。それは梯子を振り上げたブランチーの頭上に急降下し、梯子段ごと押し潰した。真っ赤なマントとマスクのコスチュームに身を包んだ怪人だった。赤い悪魔は、「噛みつき魔」「吸血鬼」と言われたブランチーに噛みつき、その血を啜り始めた。タイガーマスクに制止されると振り向き、口から血を滴らせてニヤッと笑う。
ザ・レッド・デスマスク赤き死の仮面は、もはや人間として描かれていない。怪獣ブームの頃、東映テレビ部は「キャプテンウルトラ」を製作した。宇宙が舞台の物語なので、宇宙人や宇宙怪獣が登場するのだが、東映は、これを妖怪のように描き演出した。その番組は大赤字で失敗したのだが、同時期、東映京都で製作していた「仮面の忍者赤影」は大評判を得た。忍者と怪獣が続々出て来るが、これらを、やはり妖怪同然に描くと、舞台背景である戦国時代に相性よく馴染んだのである。忍者対妖怪が東映の本領を発揮できる図式なのだ。「仮面ライダー」もやはり、この図式にあてはまる。サイボーグ同士の戦いであるが、神出鬼没の超人と不思議な能力を持つ怪人どもに科学的根拠は希薄である。東映時代劇出身の演出家も、梶原一騎も、虎の穴レスラーを妖怪として書いていたのではないか。いまや正義のヒーローのスタンダードとなった仮面ライダーも、デザイン段階では、怪奇のマスクであったように、じつはタイガーマスク自体が異形の怪人だった。「タイガーマスク」の連載が開始されて約一年、アニメ化企画開始直前時点での、実弟真樹日佐夫の感覚では、兄のこの作品について怪奇漫画という印象を抱いていたようだ。悪趣味な部分が子供にうけているのだと分析している。(昭和43年の人気アニメは「ゲゲゲの鬼太郎」「妖怪人間ベム」などの怪奇作品。時代の風潮として「タイガーマスク」が影響を受けていたことは考えられる)そして、赤き死の仮面は悪魔のように強い。ブランチーの危機を救うために、レナードとマーチンが飛び込んでくるのだが、赤き死の仮面は、子供が玩具を壊すように、二人のレスラーをまとめて半殺しにしてしまう。前話に登場したばかりのレナードとマーチンだが、顔が違っている。作画の連絡ミスであるが、さすがにブランチーの顔は、間隔を開けて再登場させてもイメージに統一感がある。プロレスに興味の少ないアニメーターにとっても、フレッド・ブラッシーが強烈な印象を残していたことがうかがえる。
第42話「明日なき虎」赤き死の仮面のさらなる詳細については、アメリカマットに精通するジャイアント馬場の口から噂として語られる。聞けば聞くほど人間ばなれしており、また、矛盾を感じる設定である。赤き死の仮面が現れると、その町のプロレス人気が滅んでしまうらしい。ゆえにプロレス界では死神のごとく怖れられているというのだが、プロレスマーケットが滅んでしまえば、このビジネスに投資する虎の穴自体の不利益につながる。大伴昌治の怪獣図解を連想してしまう。バルタン星人の足の裏からは、常に毒性の強い体液が滲み出ているため、その足跡となった地面では植物が育たなくなると書いてあった。植物を根絶やしにしながら歩いているとしたら、食物や酸素の供給が不足し、結局、自らを滅ぼすことになる。赤き死の仮面は、もはや地球の常識を超越した存在ということか。なお、ザ・レッドデスマスクと呼ばれたのは、ミスターXによって紹介された初登場の瞬間一度だけで、以後は赤き死の仮面と日本語訳名で通される。ただし、漢字が読めない年代を対象とした玩具、出版物では、カタカナのザ・レッドデスマスクの表記であった。この赤き死の仮面に対して、勝算の目処が立たない伊達直人は、死ぬ覚悟をするしかなかった。直人は今生の別れのつもりで、ちびっこハウスへやってくる。そして、みなしごらにせがまれ、海水浴へ連れていく。覆面ワールドリーグ戦の前に寄贈されたはずのプール設備については描かれず、語られることもない。海水浴場へ行った伊達直人は砂浜に座っているだけで、水には入らない。理由は、裸になると筋肉や傷が露見するからである。決定的な死を前にして、気持ちの晴れない伊達直人である。その姿を波間から顔だけ出して見つめる視線がある。ルリ子だった。ルリ子が伊達直人の正体に感づいているように、直人もまた、ルリ子に察知されている可能性を、その態度から感じ始めていた。水から上がってきたルリ子は、場所を移動し、赤き死の仮面戦を中止せよと言う。さらに、引退して、以後はちびっこハウスの職員としてともに働くことを勧める。自分と結婚せよという意味かも知れない。感極まったルリ子は水着姿のまま伊達直人に抱きついて泣く。ルリ子の見せ場であったが、伊達直人は命がけでとぼける。「何のことか、わかりません」明日、赤い悪魔に殺される。それ以後のこと、それ以外のことを考えてはならないのだ。
第43話「地上最強の悪役」東京、藏前国技館。最も権威あるこの場所で、タイガーマスクと赤き死の仮面の決戦はメーンエベントとして行われる。セミファイナルはジャイアント馬場・大木金太郎対ロジンスキー(キラー・コワルスキー)&コルテス(ジェス・オルテガ。原作ではクラッシャー・リソワスキーとディック・ザ・ブルーザー)のタッグマッチ。試合に敗れたのだが、判定に不服のロジンスキーとコルテスがリングから降りずに暴れている。そこへミスターXとともに赤き死の仮面が入場してくる。外人組は途端におとなしくなり、リングからすごすごと退散する。この様子をテレビ中継で見守っているちびっこハウスの面々。「まあ、悪役ながらたいした貫禄ねえ」この悠長な発言はルリ子である。前回、伊達直人にすがりついて必死で試合をやめさせようとした人物の言葉とは思えないが、これは原作漫画通りのセリフである。原作には海水浴のエピソードは無いのだ。赤き死の仮面は、開始ゴングも待たず赤いマントでタイガーマスクを包み、ジャイアントスイングで振り回す。とめに上がった、セコンドの猪木、馬場、大木もリング外へはじき飛ばす。赤き死の仮面は、たった一人で日本プロレスの主力四選手を圧倒しているのだ。動かなくなったマントの中のタイガーを赤き死の仮面は、なおも蹴り続ける。原作漫画での赤き死の仮面は、2メートルを越す巨人であることも強調されていた。タイガーマスクは小型レスラーとして描かれる。どうして小さい選手が、虎の穴が期待をかけたほどに強いのか疑問も出てくるが、危機感を盛り上げるセオリーの一つなのだ。就中児童漫画の主人公は、自己投影の対象となるとき必然的に小さくなる。タイガーは、蹴られながらも、マントの中から、赤き死の仮面に足払いをかけて、跳ね起きた。普通の人間なら死んでいてもよいとミスターXが感心する。赤き死の仮面はタイガーをヘッドロックにとって、目玉をロープにこすりつけていく。失明必至。タイガーはバックドロップを仕掛けるが、赤き死の仮面は足をロープに掛けて技を潰す。うめきながら立ち上がったタイガーの口の中に、なんと赤き死の仮面はつま先を入れて、そのまま直立したのだ。スーパーヘビー級レスラー赤き死の仮面の全体重を受けることになった顎は外れる寸前!タイガーは横倒しに倒れる。本能か偶然か、この状況から脱する正しい方法はこれしかなかった。さて、ここからである。タイガーは赤き死の仮面が突っ込んできたつま先を、そのまま噛み続ける、今度は赤き死の仮面が呻く番である。つま先を咬んだまま、赤き死の仮面の膝を攻め始めた。BGMが変る。タイガーマスクの闘志を煽り讃える音楽が奏でられて来る。タイガーマスクに自己投影していた少年達の理性も解放される。もう躊躇は無い。目の前にいる敵の肉体を破壊せよ。虎の穴に仕込まれたマシンガンキックが、倒れた赤き死の仮面の膝の一点に集中する。画面を4分割して、嵐のような連続キックを表現する演出がなされる。しかし、赤き死の仮面は虎の穴のエースであった。リング下に脱すると、長机に、新聞記者らを乗せ、それを振り回して、リング上のタイガーに人間の雨を降らせる。この力技を全て片足でやってのけた。さらに、この長机を棒高跳びの棒として活用し、再びリング上に舞い戻る。さらにまた、その厚板の長机を半分にへし折り松葉杖として転用するのだ。これほどまでの執念と闘魂を見せられては、馬場も猪木も敬意を表さざるを得ない。へし折ってささくれ立った机の木口は、そのまま凶器としてタイガーマスクを攻撃できる。この縦横無尽の発想の転換、反則の天才ではある。ただし、片足を折られた格闘者は、いかに天才といえども限界だった。タイガーは、この凶器を奪い取ってジャンプ。支えを失い転倒した赤き死の仮面の背骨と脊髄に突き立てた。文字通り、背筋の凍りつくような結末。今回のサブタイトル“地上最強の悪役”とはタイガーマスクのことだったのだ。自分の本質が悪魔以上の悪魔であることを知らされたタイガーマスク伊達直人の心中に去来するものは、虚無感と悲しみだった。悪魔が、純真な健太やルリ子に近づいてはならない。タイガーマスクは日本を離れる決意をした。第一部完結編とでも位置づけたい充実感と虚脱感が残る。死を覚悟、そして、ルリ子との訣別、死闘の果てに黄色い悪魔を覚醒させ暴走。テレビアニメ史上に残る衝撃的な最終回が、ここで予言されていたことに注目されたし。
第44話から第48話。假に神風編と呼ぶことにする。新たなる強敵神風の登場。そして、神風との対決の中で第二の必殺技が生まれた。展開の基調は原作漫画通りなのだが、アニメ版は、ここへきて原作ストーリーから大きく遊離する。まず、原作を見てみる。なお原作漫画「タイガーマスク」の掲載誌は神風編より月刊ぼくらから週刊ぼくらマガジンに移行する。赤き死の仮面との死闘の後、タイガーマスクは行方不明。虎の穴から最後のチャンスを与えられたミスターXは、フランスへやってきた。パリの地下で違法に挙行されるプロレスを視察するためである。Xの知り得た情報では、神風と名のる強豪がいるという。この男がもし本物なら、スカウトして、タイガーにぶつけるつもりなのだ。ここで、Xは意外なものを見る。なんと、タイガーマスクがリングに登場したのだ。まさか、こんな場所にタイガーが現れるはずがない。おそらく、偽者なのだと思うが、確認しようにも、このタイガーのバックには、ニューヨークマフィアの大物ボスがついていた。虚々実々、緊迫感満点。読者はミスターXと一緒になって、マシンガンの銃口を向けられながら謎解きに誘われる。アニメでは、緊張感あふれるこの導入部が削除される。タイガーマスクがマフィアと取り引きし、違法ギャンブルの試合に出場するという話は、子供番組にふさわしくないと判断されたのだろうか?何よりも、この神風編で完成される新必殺技の名称が、「フジヤマタイガーブリーカー」から「ウルトラタイガーブリーカー」に変更されている。空中高く蹴り上げた相手をバックブリーカーで受け止め、頭上を支点として、背骨を「ヘ」の字状に曲げる。その形が富士山の山容を顕わすことからフジヤマブリーカーと名付けられた。また、海外にあって日本を恋う、タイガーマスクの望郷の想いもこめられている。「ウルトラ」とは、東京オリンピックの体操競技で使われ、昭和39年の流行語になったのだが、昭和41年以降はウルトラシリーズのウルトラであって、子供の好む単語となる。第一の必殺技ウルトラタイガードロップとの連続性もある。ただ、語感としてどちらが優れているかと言えば「フジヤマタイガーブリーカー」だろう。
アニメ版神風編は、まず、アメリカロサンゼルスで神風に出会い、果たし合いの約束をする。そして、ヨーロッパに渡り、フランス、ドイツを転戦し、新必殺技のヒントをつかんで、再びアメリカに戻り、神風と決戦をする。ただし、第二の必殺技を完成させる、あるいは、強豪神風を倒すという目的に向けての必死さはなく、むしろ、タイガーマスクの休暇といった趣きがある。リゾート地モナコの海岸で昼寝をしている場面もある。タイガーマスクのネームバリューは、すでに世界的なものであったが、赤き死の仮面をリングに沈めたことで、各地のプロモーターも虎の穴に遠慮する必要が無くなった。タイガーは、どこの会場にでも相当のファイトマネーで上がることが出来る。マスク一枚あれば、文字通り裸で世界旅行が可能なのだ。このアニメ神風編五話の興味は、ゲストキャラクターを再登場させることで、物語の統一性が確立されたことにある。第44話「カミカゼの挑戦」では、ジャックとマイクのブリスコ兄弟と再会する。第45話「望郷の少年」、ドイツハンブルグで出会ったフリッツとツヨシは、後の話で日本を訪れる。ハンブルグの毛皮職人にマスクを新調させるシーンは、タイガーマスクというレスラーにリアリティーをもたらすものである。第46話「秘密司令虎の穴」には、虎の穴が制度を刷新するエピソード第28話で、高岡拳太郎とともにスカウトされた少年、ピエール・ルマニエのその後の話が語られる。脚本は両話とも三芳加也。前回数秒しか描かれなかったこのキャラクターの再登場は、テレビシリーズ「タイガーマスク」が丁寧に作られた作品であることの証拠となる。
そして、原作漫画では、再び描かれることのない神風が、アニメ版第70話で覆面世界チャンピオンとなったタイガーマスクの挑戦者として来日する。この回では、嵐虎之介と引き合わせ、少年時代、講道館で柔道をやっていた過去を語らせている。なお、神風の主武器は空手であった。梶原一騎が、このキャラクターを創造するさいに念頭に大山倍達をおいていたことは確実である。「空手バカ一代」にも、フランスで食い詰めた大山倍達が、パリの地下プロレスのリングに上がるくだりがある。大山倍達対タイガーマスク。究極の夢のカードだ。
第49話。新必殺技を完成させたタイガーマスクが帰国する。神風編で原作から離れたアニメ版だが、この回は、漫画の展開に忠実である。微妙な違いを比較してみる。まず原作版。ちびっこハウスでとっているスポーツ新聞に、タイガーマスクがミル・マスカラスと引分けたことが報道されている。試合後のインタビューに答えて、近日中に帰国の予定と語ったとある。歓喜する健太。アニメ版の新聞は、タイガー帰国予定のみが報じられる。面白いと思うのは、この新聞を最初に読むのが、アナウンサーだということ。タイガーマスクの日本での試合をいつも実況しているあのアナウンサーである。このアナウンサーのプライベートが描かれるのは珍しい。いつも同じ髪型、同じ背広、同じ眼鏡の人物が実況しているので、視聴者としてはアニメーターが手を抜いているのではないかと勘繰ってしまうが、スタッフは、この名前の無い人物にいつしか愛着を持っていたのだ。プライベートと書いたが、電車での移動中もスポーツ新聞を読む仕事熱心な人ではある。新聞を読む姿が描かれるのは、以下、順番に嵐先生、大門大吾、健太と続く。ミル・マスカラスとの試合は、タイガーマスクの回想として描かれる。ところが、アニメでは実名が使えないので、ウィリー・マスカードと呼ばれる。これがミル・マスカラスであることがわからない視聴者には、なぜ、ここで、とりたててそんな無名のレスラーとの試合を思いだすのかが判らない。前回までの流れからいえば、神風でなくてはならない。後に、大人気者になるミル・マスカラスだが、この時点ではまだ、未来日。ただし、プロレス専門誌、少年雑誌などでは、覆面レスラーでありながら、USチャンピオンであるというマスカラスを特別な存在として紹介していた。覆面レスラーを主人公として描く「タイガーマスク」では無視出来なかったのだろう。日本を離れていたため、出番の無かったちびっこハウスもじっくり描かれ、会場に招待した面々の前で新必殺技を披露するのも原作と同じ。新必殺技の呼称は、ここで決まる。原作では、この技をくらった相手ザ・アウトローが「富士山のてっぺんまで蹴り上げられたようだった」と感想を述べたことで「フジヤマ・タイガー・ブリーカー」となるのだが、アニメでは、ザ・アウトローの感想は取り上げられず、解説席に座っていたアントニオ猪木によって「ウルトラタイガーブリーカー」と命名される。なお、この試合はアニメ版では、第12回ワールドリーグ戦の初日となっている。第12回ワールドリーグ戦についての検証は次項にまわす。
第50話「此の子らへも愛を」第12回ワールドリーグ戦の巡業で、日本プロレスの一行は広島を訪れる。原爆資料館を見学した伊達直人は、その感想をちびっこハウスの子供らに伝えたいと思う。ホテルに戻ると、猪木が町で買ってきた原爆ドームの模型を自慢していた。土産物と言うには、あまりに精巧な仕上がりだったのだ。タイガーマスク伊達直人は、同じ物を買おうと土産物店へ行くが品切れ。問屋へ聞き、製造元を訪ねあてた。一間だけの狭い長屋で、被爆者夫婦が、手作業で一個づつ作っていたのだ。伊達直人は、その製作中のやつが完成したら売って欲しいと交渉するが、問屋との約束があるので、当然、断られる。直人はこの後、広島公園で、幼い兄妹と出会う。これが模型を作っていた夫婦の子供だった。一間しかない部屋は作業場として使っているため、兄妹は家に入ることが出来ないのだ。学校の宿題もベンチを机代わりに使ってやっていた。雨の日は広島駅の待合室で過ごすという。
アニメ「タイガーマスク」のスタッフが、この回で取り上げたのは、勉強部屋を与えられ、学業に専念する環境を整えられていることが普通となった時代に、一方で、家の中で宿題をすることすら許されない子供がいるという事実だった。昭和45年現在の子供が家に帰れないことと昭和20年の原爆は関係ないが、「タイガーマスク」は使命感を持っていた。「タイガーマスク」が原爆にふれるのは、実は、これが二度目なのである。第38話で、大門大吾が過去を回想する場面に、核爆発によってきのこ雲が形成されるシーンが描かれている。戦後の日本に生きる者は、原爆を忘れてはならない。原爆を描かなくてはならない。それが日本のアニメーターの使命だとでもいう気概が感じられる。そして、この回の重大性は別にある。テレビで「タイガーマスク」を観たり、漫画雑誌で「タイガーマスク」を読んでいる者は、家へ帰れない子供ではなく、勉強部屋を与えられている方の子供なのだ。「タイガーマスク」は視聴者に挑んでいる。媚びてはいないのだ。
広島に投下された原子爆弾について。1938年、核分裂が発見されたのは、ドイツであった。ドイツからアメリカに亡命した、ハンガリー系ユダヤ人の科学者レオ・シラードは、ヒットラーより先にアメリカが原子爆弾を製造する必要があることを説く書翰をしたため、大統領ルーズベルトに送った。シラードが、この書翰に、アインシュタインの署名を付けたことはよく知られている。この時代、世界で二番目に有名な人物がアインシュタインだったのだ。一番はヒットラーである。ルーズベルトは、産業振興のために科学者を支援する政策をとっていた。ニューディールの一つだったが、いずれも、経済不況を打開することには結びつかず、世界は戦争経済に移行する。なお、シラードもアインシュタインも、書翰を送った時点では、原子爆弾の具体的な形は想像していない。核分裂の原理を爆弾に応用する研究では、イギリスが一歩進んでいた。望むべき効果を達成するためには、天然ウランを濃縮する必要があることを知った。つまり、ウラニウム238から、ウラニウム235を分離すればよいのだが、その設備は壮大なものとなり、疲弊しきったイギリスの経済状況では無理であることもわかった。イギリスは研究報告をアメリカに譲渡する。アメリカの原子爆弾開発計画はスタートした。正式名称代替品開発計画、コードネームDSN、別名マンハッタン計画。陸軍マンハッタン管区が掌握していたためこう呼ばれた。ニューメキシコ州ロスアラモスに広大な科学センターが建造され、ノーベル賞級の科学者達が集められた。当然、レオ・シラードも加わった。ただ、アインシュタインは、メンバーから外された。危険人物と看做されていたからである。ウランの濃縮工場建設には民間企業も参入する。原子爆弾完成までにかかった費用は20億ドルとも40億ドルとも云われている。この時点で一つの結論が出ていることがわかる。原子爆弾を開発製造出来る国力を持っているのは、世界でアメリカだけだったのだ。日本でも東京理化学研究所において核分裂兵器の可能性は探られていたが、計上された研究費は4万円だった。ドイツの敗北が決定的になった段階で、レオ・シラードは、原子爆弾の製造を中止すべきであると叫んで、叛乱を起こす。しかし、プロジェクトは続行する。ルーズベルトとその後継者トルーマンは、すでに戦争終結後の世界を見据えていたのだ。最大のライバルになるであろうソ連と覇権を争うときの切札として原子爆弾を見せるつもりなのだ。全国民が一丸となって戦っていた日本の状況からは想像しにくいが、マンハッタン計画の陸軍と科学者は、ずっと対立していた。さらに、ウラン濃縮工場では過酷な作業に反発して労働者がストライキを起こしていた。計画の指導者達が、最も心配し、焦っていたのは、戦争が終結してしまうことだった。それまでに、なんとしても完成させ、使用しなければならなかった。1945年4月にドイツが敗北する。ルーズベルト、チャーチル、スターリンはヤルタで密談。大日本帝国の広大な支配圏を狙い、対日戦に参戦しようとするソ連を、アメリカとイギリスが牽制した。ソ連の対日宣戦布告は8月上旬の予定となる。ソ連参戦が決定した段階で日本は降伏するであろう。原爆完成のタイムリミットは8月である。第一弾の投下目標を広島に決定して以後は、この町への通常爆撃を停止した。より精確な実験効果のデータを採取するためである。優秀なクルーを編成し、改造したB29爆撃機による投下訓練も繰り返される。そして、遂に原子爆弾は完成し、8月6日払暁、テニアン島から出撃した部隊は、高度6000メートルから、超高価なこの爆弾を目視で投下し、あらかじめ目標に定めておいた相生橋上空600メートルへの精密爆撃を成功させた。戦史に残る軍事的偉業は達成された。科学史上においても重大であり、人類史上に特筆される大成功だった。この日のアメリカ国内はお祭り騒ぎだった。それならば、瞬時に21万人の同胞を焼き殺された我々日本人も、人類の一員として大局的見地に立ち、ともに慶賀しなければならないのだろうか?「タイガーマスク」を読み返すと一つの答えがあった。アジアプロレス王座決定戦初日、雪男かも知れない姿を晒してウルトラタイガードロップに沈んだスノーシン。観戦していた科学者が、タイガーマスクに、スノーシンを大学へ搬送することを依頼した。雪男を分析すれば、人類の進化の秘密が解けるかも知れない。科学の進歩のためなのだと説明する。「ことわる。おれには科学のことはわからんが、全力で試合をした相手は友だ。つめたい手でいじくりまわすな」ただし、プロレスラータイガーのこの論理は、科学者には全く理解されなかった。
第49話から52話はワールドリーグ戦だった。アニメ版では第13回と言っているが、原作漫画では第12回である。原作に沿うことにする。ワールドリーグ戦とは生前の力道山が企画した日本プロレスの最大年間イベントである。タイガーマスクが参戦するのは第10回から。このときは、虎の穴の覆面ワールドリーグ戦が割り込んで来て、タイガーマスクは、途中から欠場した。優勝者はジャイアント馬場だった。現実の結果も馬場の優勝で終っている。第11回のときは、アジアプロレス王座決定戦と日程が重なり、タイガーマスクは不参加。優勝はアントニオ猪木。これも現実通り。アジア王座決定戦で優勝を果たし凱旋帰国したものの、必殺技ウルトラタイガードロップをグレイト・ズマによって破られたタイガーは、歳の近い猪木の優勝を聞いて、焦りを感じていた。なお、漫画やアニメ中で語られることはなかったが、この頃の猪木は馬場に対して激しいライバル意識を燃やしており、協会上層部の方針とも対立していた。協会幹部は、外人レスラーに猪木を潰せという密命を出していたと云われる。猪木対外人レスラーの試合は決勝戦まで血みどろの死闘になった。
第12回ワールドリーグ戦は、ドン・レオ・ジョナサンと馬場が無敗のまま最終日まで勝ち進み、結果、馬場が優勝を手にした。原作漫画でも、決勝戦の結果は同じである。タイガーマスクは、ザ・コンビクトとのチェーンデスマッチで手首を負傷したため成績がふるわず、参加賞で終る。ザ・コンビクトは実在するレスラー。囚人服を着た大男で、同じ縞柄のマスクをかぶっていた。脱獄囚であるというふれこみ。事実は、フレッド・ブラッシーがスカウトしたガソリンスタンドの店員だったのだが、漫画「タイガーマスク」とすれば最高の素材である。強敵として、タイガーマスクの覆面世界タイトルに挑戦させた。実際の第12回ワールドリーグ戦では散々の戦績を残し、実力不足を露呈するのだが、漫画中では、タイガー戦でのダメージが恢復しなかったことが惨敗の原因と説明されている。梶原一騎流の楽しい作劇法である。アニメ版の参加選手は、全員架空のレスラー。決勝戦まで勝ち進むビル・ヘラクレスが、ドン・レオ・ジョナサンを思わせる。ハンス・シュレッダーのモデルは、あきらかにハンス・シュミットなのだが、現実のワールドリーグ戦には参加していない。ちなみに、第13回ワールドリーグ戦の経過と照合してみても、アニメ版の展開と一致する部分は見つけられない。そして、アニメ版のこの回のワールドリーグ戦には馬場が参加しない。インターナショナル選手権の防衛戦を行うために渡米したのだ。さらに、第50話で、アントニオ猪木も欠場する。今度はインターナショナルタッグ選手権を戦うために、アメリカの馬場に呼ばれたのだ。事実に即しないこの展開は、タイガーマスクを優勝させるための措置である。いくらアニメとはいえ、馬場、猪木をこえて、タイガーマスクがワールドリーグ戦で優勝してはいけなかったのだろう。第52話のサブタイトルは「優勝!!Wリーグ戦」なのだが、その優勝の価値が伝わって来ない。アニメ版オリジナル参加選手には魅力的な個性を持つレスラーがおらず、ザ・コンビクトに相当するマスクマンも登場しない。
第51話で、健太がまた、ちびっこハウスを抜け出して、岡山までワールドリーグ戦を見に行っている。最近の健太の成長を我が事のように喜んでいた少年視聴者を失望させた。過去二回、脱走して試合会場へ潜り込んだことがあるのだが、タイガーマスクの正統派転向とともに、健太も心を入れ替えたはずだった。なお、梶原一騎も子供時代、一人で汽車に乗って、岡山まで行き、ピストン堀口の試合を観戦したことがあるらしい。出番の減っていた健太を、ここで使おうというつもりだったのか?出番が減ったといえば、ミスターXがワールドリーグ最終日に動く。虎の穴レスラーシャーク二世を呼んで、ビル・ヘラクレスに変装させて、決勝戦のリングに上げるのだ。タイガーマスクは、この偽者を倒すのだが、裁定は、ビル・ヘラクレスの失格によるタイガーマスクの不戦勝。茶番劇のようなワールドリーグ優勝になった。
アニメ版日本プロレス協会は、第53話から「シルバーリーグ」と銘打った興業で西日本を巡業する。現実のプロレス協会が行っていた「ゴールデンシリーズ」をもじったのだろう。53話「ザ・ミラクルズの謎」の脚本は辻真先。アニメオリジナルの虎の穴レスラー、ザ・ミラクルズが登場する。片腕を癒着させて生まれたシャム双生児を虎の穴が買い取り、分断した後、サイボーグ手術を施した。脳波がシンクロしているため、この兄弟はプロレスタッグチームとして完璧であるという。その眉唾物の怪奇性は、まことに「タイガーマスク」にふさわしい。ただ、シャム双生児をトリックとして扱う手は、江戸川乱歩や横溝正史らによって使い古されており、斬新なアイデアとは言い難い。辻真先ならこの類の怪奇探偵小説は読破しているはずだ。ザ・ミラクルズが設定として面白いのは、タイガーマスクを殺しに来た刺客レスラーではなく、タイガーマスクの現時点での戦力データを集めるために送り込まれたスパイレスラーだったということだ。今回は猪木・タイガー組と対戦し、時間切れになるまで、自らの体を使ってタイガーマスクを分析した。そして、この後も日本に留まり、再登場する。
この回で、もし、彼等の経歴を克明に描いていたなら、もっと記憶に残るキャラクターになっていたはずだ。奇形児として誕生し、虎の穴のスパイとして生きるしかない兄弟の半生は、赤き死の仮面以上に悽愴な時間だったに違いない。しかし、動画を用いての具体的な描写はなく、プロレス界の噂としてジャイアント馬場のせりふだけで処理された。虎の穴出身のタイガーマスクも知らなかったのだが、さすがにミスターXは、その存在を知っていた。日本地区担当の自分に無断でザ・ミラクルズが現れたことに脅威をおぼえ、行動を起こす。
ザ・ミラクルズは、無表情なサイボーグレスラーという個性を強調し、感情的なタイガーマスクと対比させられるだけのキャラクターで終ったが、今回、かなりの時間を使って描かれたのは、虎の穴で訓練にはげむ高岡拳太郎の様子だった。この少年を奪還することが、アニメシリーズの途中でタイガーマスクの目的の一つに追加された。
第54話「新しい仲間」脚本柴田夏余。ちびっこハウスに新レギュラーキャラクターが加わる。小学二年生の女の子だが、平均よりも体が小さいので、健太にミクロというあだ名をおくられる。母子家庭の貧しい環境で育ったのだが、過保護と言えるくらい甘やかされてきた。このキャラクターには実在人物のモデルがあるのだろうか?複雑な性格と行動パターンが綿密に描かれている。登校拒否を続けるミクロに、周囲も困惑するばかり。登校拒否の問題児といえば、ルリ子の脳裏に浮かぶのは、子供の頃の伊達直人である。ルリ子は、ミクロ母子が住んでいたアパートや、前の学校を訪ねて話を聞き、少女の心を類推する。そして、大悪役から正義のヒーローに生まれ変わるまでの、タイガーマスクの苦闘を語って聞かせてやった。なによりも、健太のような大ファンですら知らない秘密、すなわちタイガーマスクが、孤児院で育ったみなしごだったことを、そっと教えてやった。翌日、奮起したミクロがランドセルを背負って歩き出す後ろ姿があった。大地を踏みしめズンズン進んで行く小さな少女を、低いアングルから描く。作画監督は村田四郎。この回、ルリ子が、正体を知らないふりをして、シルバーリーグで巡業中のタイガーマスクに連絡をとる場面が二度ある。一度は、日本プロレス協会に問い合わせてホテルの部屋に電話をつなぎ、もう一度は、時刻表を調べて、駅に電報を打つ。現在ならば携帯電話で簡単にすむ。しかし、ルリ子と伊達直人の複雑な想いをアニメドラマで表現するには、携帯やメールでは軽すぎるのだ。
第55話「煤煙の中の太陽」脚本市川久。この回の予告編のナレーションを採録する。「汚される空 汚される海 なぜ汚してしまうのか なぜ なぜ タイガーよ この少女の苦しみが分かるか!タイガーよ 一体お前には何ができるのか!次回『煤煙の中の太陽』に御期待ください」シルバーリーグの巡業で三重県四日市を訪れたタイガーマスクは、自然環境が破壊された工業地帯の現状を目の当たりにする。予告編では「タイガーよ 一体お前には何ができるのか!」と詰問するが、タイガーマスクはプロレスラーである。公害に対して責任を負う職業ではない。しかし、東映動画のスタッフは、タイガーマスクをして公害問題に立ち向かわせようとした。高度経済成長時代の子供番組製作者は、プロレスラーもアニメーターも社会改革に乗り出さなくてはならないという気概を持っていたのだ。
平成23年、日本のアニメを世界最高水準まで牽引していったアニメーターの一人、押井守監督が、日本アニメは終ったという意味の発言をして物議を醸した。経済不況を打開する外貨獲得策の一つとして、アニメが国家戦略に組み込まれた矢先の言動であった。日本のアニメーターは、その胎動期より、ひたすら表現手段を模索してきた。血を吐くほどの苦心惨憺の果てに、現在のクオリティーがある。押井監督は、現在のアニメは「コピーのコピー」だとも言っていた。国の保護のもとに、こんな陋劣なものが作られ続けることに意味を見出せないのだ。例えば、かつてのアニメスタッフはプロレスラーに社会問題を解決させようとした。それが見当違いであったとしても、あの時代の正義感や使命感を平成のアニメーションクリエーター達は持っているだろうか。また、経済的視点からアニメーションに着目した人々は、往時のアニメーターの情熱を知っているのだろうか。押井守監督は、これより以前、ゴジラ映画が毎年作られていた時代に、「日本の怪獣映画は終っている」と言って、特撮怪獣ファンの反感を買ったことがあったが、予言通り、日本で怪獣映画が作られることはなくなった。
ストーリーは、煤煙で喘息になった少女陽子の咳をとめるため、郎太少年が工場の大煙突に登り、操業停止を要求するというもの。この話を新聞記者から聞いたタイガーマスクが、少年を説得するために乗り出す。少年があすなろ院のみなしごだということも併せて知ったからである。脚本を書いた市川久は、おそらく、鐘ケ淵紡績の工場の煙突に登って賃上げを要求した男の実話をヒントにしたのだろう。また、プロレス場面では、対戦相手ビッグアマゾンに、ウルトラタイガーブリーカーを決めたあと、ウルトラタイガードロップでとどめを刺すというコンビネーションを見せる。市川久の「タイガーマスク」における前回の脚本は「必殺技誕生」。市川としては思い入れのあるウルトラタイガードロップを、ここで今一度使いたかったのではないか?
第56話から58話までの脚本は安藤豊弘が一人で書く。強敵ブラックVを邀撃する三部作。原作では、第12回ワールドリーグ戦の前に世界覆面王座タイトルマッチとして行われ、勝ったタイガーマスクがNWAによって世界覆面チャンピオンに認定される。このあと、第12回ワールドリーグ戦のために来日したザ・コンビクトを相手に防衛戦をするという流れなのだが、アニメ版では、ここでブラックVが登場する。ブラックVとは、ボボ・ブラジルが有望な黒人少年を選別して、育て上げた、プロレスをするためだけに特化した選手。目的は白人レスラーの皆殺し。ボボ・ブラジルは実在レスラー。黒人のトップレスラーである。本名ヒューストン・ハリス。黒人野球リーグの選手だった。当時のアメリカでは、黒人が白人と一緒に野球をすることが出来なかったのだ。選手の給料も低かった。黒人リーグを見限ってヒューストン・ハリスはプロレスに転向する。リングネームの「ボボ」とは「腹ペコ」という意味のスラング。スラム街の黒人少年をさす蔑称でもあった。「ブラジル」とは、そこへ行けば人種差別が無いと教えられた理想の国の名。ヨーロッパからアメリカ大陸に入植してきた白人達は、アフリカから、黒人を家畜のように輸送して奴隷として酷使してきた。その恨みは、白人を皆殺しにしても飽き足らないほどに深い。人間の歴史が続く限り、この罪は、はれることはなく、許されることはない。タイガーマスクに惨敗したボボ・ブラジルは、自ら作り上げた秘密兵器ブラックVを日本に呼び、まずタイガーマスクに復讐することにした。ブラックVの必殺技は、V式ミサイルヘッドバット。垂直回転しながら飛行し、頭突きをぶち込む。、当たりどころによっては、再起不能になるか悶絶の果てに死に至るほどの威力を持っている。ミサイルのような高速ヘッドバットで攻撃する一方、関節と筋肉がタコのように柔らかく、レスリング技の7割を完全に防御できる。すなわち、背骨を曲げるウルトラタイガーブリーカーは、ブラックVの肉体には効果が半減するのだ。
テレビでのストーリーは、ほぼ原作に沿う。ただ、ボボ・ブラジルがポポ・アフリカに変更されている。ポポ・アフリカという架空レスラーは、原作漫画の初期に登場し、それに基づいてアニメ第5話でタイガーマスクと対戦した。したがって、アニメのポポ・アフリカは、タイガーマスクによって二度も苦杯を舐めさせられているため、このままでは、白人レスラー皆殺し計画に進めないと、秘蔵のブラックVを公開するのだ。また、ボボでは九州方面の人がびっくりするという配慮もあったと考えられる。V式ミサイルヘッドバットをかわす特訓として、元巨人軍選手のジャイアント馬場が、多摩川グランドを借りて、タイガーマスクに千本ノックをする場面がある。原作には、川上、長嶋、王が登場するが、アニメには出ない。しかし、長嶋については続編「タイガーマスク二世」に実名で出演し、主人公阿久竜夫に千本ノックをしている。この回のサブタイトルはズバリ「長嶋茂雄の千本ノック」。さらに、原作中に気になる描写がある。ブラックV戦終了後、NWAの幹部陣が集まり、タイガーマスクの覆面世界チャンピオンを認定するや否やを議題に会議をするのだが、このシーンがマフィアの集会のように描かれている。プロレス漫画でありながら、その最高権威であるNWAを健全ならざるものとしているのだ。彼等の議論の争点は、自分達の利益に集約される。梶原一騎は子供に向けてスポーツ漫画を書きながら、人間社会はメルヘンではないことを言う。「タイガーマスク」の作品世界を包んでいたのは、暗いリアリズムだった。
アニメでのタイガーマスク対ブラックVの戦いは情感たっぷりに描かれた。暗闇の中を蝋燭の灯を手に入場してくるブラックV。背後に黒人ブルースが流れる。タイガーマスクは、試合開始前にリング下の安全マットを取り払うという仕掛けをする。ウルトラタイガーブリーカーをかけられても平気なブラックVを頭上に乗せたまま、リング下へ飛び降りてコンクリートの床へ叩き付ける。これでブラックVはKOされるのだが、担架で運ばれ退場する姿に、延々とレクイエムがかぶせられる。タイガーマスクはいつものように試合の感想を独白することもせず無言で見送る。無表情なアニメのマスクであるが、茫然としているように見える。そして、天井を仰ぐ。差別され虐げられる人の側に立ってきたつもりの自分に牙を向けてきた黒人師弟。白人レスラー皆殺しという永遠に果たされない目標。しかし、それを誰も笑うことは出来ない。人間とは、これほどまでに罪深い歴史を繰り返してきたのだ。喜びも悲しみも言葉も無い勝利。日本人タイガーマスクは、黒人の怒りを知り得ない。弱い立場の人に勇気をあたえるために戦ってきたという自負すら虚栄心ではなかったのかと思えてくるのだ。 次ページ→