第73、74話。ついに、イエローデビルとタイガーマスクが対決。タイガーのセコンドに不動がつき、イエローデビルのセコンドには、見たことのない男がつく。場外乱闘になったとき、その男が不動ともみ合うのだが、これが、不動=大門よりも強い。その正体は最後まで明かされることはないが、虎の穴の支配者。すなわち、幻の三人タイガーの一人なのだ。イエローデビルがタイガーの前に立った時点で、勝負の結末は見えている。ここで物語を途切れさせないように、イエローデビルの後、さらに強敵が控えていることをにおわせているのだ。
この回から多用される、悲壮感漂う重厚なBGMは、菊池俊輔作曲のものではなく、同時期の東映まんが祭で上映された「ちびっこレミと名犬カピ」(家なき子)からの流用曲。作曲は木下忠治。今回は虎の穴崩壊の序曲として、そして、最終回には葬送曲として奏でられる。
タイガーマスクに敗れたイエローデビルは虎の穴に回収される。高岡拳太郎とわかっていながら、対戦選手のタイガーには手が出せない。自分に負けた以上、虎の穴に処刑される可能性もあるのだ。ここからは大門が動く。虎の穴の車を追跡し、高岡拳太郎の身柄を奪取する。そのまま、自分の車に乗せて、ちびっこハウスへ連れていき、妹洋子と対面させた。この後、高岡拳太郎は、日本プロレス協会に所属し、素顔でデビューすることになる。第28話から始まった高岡兄妹のサイドストーリーは、ここに最高の形で決着がつけられる。拳太郎と洋子の再会の場面は、涙なしで見れないほどなのだが、拳太郎の肉体が大人になっているのに、洋子が子供のままであることが不自然だ。6クールの最後に総括して検証するが、アニメ版「タイガーマスク」の設定を根本的に否定しなくてはならないかも知れない。
タイガーマスクに負けた後、大門大吾によって連れ去られた高岡拳太郎がちびっこハウスに到着したのは、夜遅い時間帯だった。ちびっこハウスの電灯も消えていた。しかし、拳太郎は遠慮なく、鍵の掛かった玄関の戸を叩き、家人を起こそうとする。ルリ子と若月先生も寝間着姿のままで応対する。洋子が初めてちびっこハウスにやってきたときは、玄関で用件を述べるという手続きすら踏まず、室内に上がり込んできてから、ルリ子に伊達直人からの手紙を渡した。現在の都市生活者の感覚からすれば非常識の部類かも知れないが、ちびっこハウスのような準公共施設に限らず、個人宅を訪問するときでも、昔はこんな感じだった。セキュリティーとかプライバシーに関する意識が薄かった。良い時代だったのだ。「タイガーマスク」は、アニメではあるが、日本の大切な時代が記録されている。永久に保存されなければならないフィルムなのだ。
第79話「虎の穴大脱走」。高岡拳太郎がタイガーマスクに助けられ日本プロレス協会から再デビューしたという情報が虎の穴訓練生に漏れる。同期生のうちで、まだ卒業できない、マイケル・ゴードンとロクは、仲間を煽動し集団脱走計画を立てて、敢行した。なんとか、収拾したものの、この騒動は、虎の穴幹部達を動揺させる。大組織が内部から崩れ始めている。近代化合理化方針は失敗だったのかも知れない。タイガーマスクの始末を急がねばならない。三人の支配者は、ついに、その正体を明かした。すなわち、ビッグタイガー!ブラックタイガー!キングタイガー!原作漫画では、謎のまま終る赤覆面の支配者達を、アニメ版では、こういう使い方をして活かす。漫画的飛躍だが、この展開は完全に楽しい。
第76話「幻のレスラー達」二通のエアメールが届く。一つは、ビッグタイガーとブラックタイガーの連名で、タイガーマスク、ミスター不動あてにタッグマッチの申し込み。もう一つは、キングタイガーから覆面世界タイトルへの挑戦状。迫り来る死の恐怖に慄えながら、親友大門大吾を戦いに巻き込んだ責任を感じている。さらに、いまのタイガーマスクは、高岡兄妹の運命も背負っているのだ。簡単に負けて殺されることも許されない。さらに、もう一通のエアメール。これは高岡拳太郎への手紙だった。逃げ延びたマイケル・ゴードンと、ビリー・ヘイズがアフリカから送ってきたもの。ロクの死が記されてあった。拳太郎は嘆き悲しむ。そして、やはり死の恐怖におののく。
伊達直人は気晴らしに大門をちびっこハウスに連れていく。初対面のように描かれているが、大門とルリ子は、タイガーがアジア王座決定戦でインドに遠征していたときに会っている。この頃の大門は、逃亡中で、建築作業員をやっていた。屋台で大門が呑んでいたときに、鍋を持ったルリ子がおでんを買いにくるというシチュエーションだった。聡明な娘である設定のルリ子が、そのときのことを忘却しているはずがない。なにより、プロレスファンのみなしごが、二度テレビ中継された大門の顔に見覚えがないとするのは、都合がよすぎる。(74話で、拳太郎をちびっこハウスにつれてきたときは、外に停めた車の中で待っていた。)
第77話は、タイガー、不動対ビッグ、ブラックのタッグマッチ。第78話は、タイガーマスク対キングタイガー。三人の幻のタイガーは、パワー、スピードで圧倒していながら、凶器も使う。この二回のタイガーマスクは、反則技を使わないため、戦いは一方的な拷問のようになってしまう。人間同士の格闘が、動画で限界まで描かれた。キングタイガー戦では、血で滑って転ぶ演出もあった。人間とはいえ、両者が虎の覆面をしていることで、一層残酷になり倒錯的である。最終的にタイガーマスクが勝つのだが、爽快感は無い。二試合で、ブラックタイガー、ビッグタイガー、ミスター不動、キングタイガーが死んだ。終ってみれば、幻のレスラーとまで呼ばれたわりには、あっけなかったという感想も残る。虎の穴ボスも、「幻のレスラー三人がかりで、しとめたのが大門一人とは…」と結果に不服だった。
第6クールは、イエローデビルの出現にはじまり、大門大吾のカムバック、そして、幻のレスラーとの対決と、物語が激しく動き、終熄した。このあとは、最終回まで、ゆっくりと時間が流れる。
タイガーマスクと大門によって虎の穴から救出された高岡拳太郎は、妹洋子と再会する。サイドストーリーのハッピーエンドを祝福することに吝かではないのだが、熱心で純粋な視聴者であるほど疑問をいだかずにはいられない。虎の穴につれていかれたときの拳太郎は少年であったが、イエローデビルとしてデビューするほどの、たくましい肉体の大人に成長した。ところが、一方の洋子は子供のままなのである。第75話では、拳太郎の同期生の脱走計画が描かれるが、やはり、初登場のときよりも大人になっている。伊達直人ら大人のキャラクターの容貌に変化が見られないのは無視できるとして、ちびっこハウスのみなしご連中の身長が伸びないのは不自然である。ちびっこハウスにあずけられた洋子が子供のままだったことの理由はわかっている。「健太」。この重要なキャラクターを変化させるわけにはいかなかったのだ。
しかし「タイガーマスク」の視聴者は、現実とアニメをオーバーラップさせながら見ている。高岡兄妹の謎に納得のいく回答を探そうとする。その結果、タイガーマスク世界を解体させてしまうのだ。まず、高岡拳太郎が虎の穴で修行した時間について考証する。伊達直人の時代は10年だった。10年だとしたら、洋子が、あいかわらず小学生であることがおかしい。新制虎の穴の合理的な育成法によって、期間が短縮されたとのだと解釈しても、拳太郎の急激な肉体的変化が不自然である。虎の穴入所時の拳太郎の年齢は15歳と言われていた。妹との年齢差は10歳以内と思われる。参考にはならないが、初登場の第26話から、イエローデビルとしてデビューする第67話までに経過した現実時間は、約9ヶ月である。(タイガーマスク二世の虎の穴での訓練期間は5年だった。)
もっと、重大なことを考えなければならなくなる。高岡拳太郎のデビューを待つ立場であった伊達直人の年齢だ。フィクションではあるが、この作品は特殊な形式をとっている。すなわち、実在人物が登場するのだ。ジャイアント馬場は、昭和13年生まれ。アントニオ猪木は昭和18年生まれ。放送開始時の年齢は、馬場が31歳、猪木が26歳。この二人を「先輩」と呼ぶタイガーマスクは、かれらより年下としたい。馬場、猪木が力道山に入門したのが昭和35年であるから、10年前に虎の穴に攫われた伊達直人の方がプロレス歴は長いからだ。20歳くらいと考えるとしっくりくる。梶原一騎も、その程度の年齢の人物を想定して書き進めていたのではないか。昭和40年代に20歳でデビュー、昭和30年代に10歳で虎の穴に入る。誕生したのは、昭和20年代。ところが、アニメ版には、この仮説を否定する描写がある。まず、エンディングで、少年時代の直人が、くつみがきの道具を持って、焼け跡を彷徨うシーンがある。この場所を東京とするなら、昭和22年までの光景である。また、虎の穴の同期大門大悟には、広島で原爆を体験した記憶がある。昭和44年に戦争の記憶がある人は30歳になっている。そこに、高岡拳太郎の訓練期間10年を加えると、40歳だ。計算したくないが、若月ルリ子も、それに近い年齢ということになる。現実では、この間に、猪木と馬場が独立して、それぞれ新団体を設立したため、日本プロレス界の様相は、大きく変化する。
やはり、伊達直人を戦災孤児にしてはならなかった。年齢が矛盾することも問題だが、テーマが変ってくる。豊かな時代に孤児になったればこそ、マイノリティーの視点から社会に対して怒りを感じるのだ。タイガーマスクが戦いを挑む相手は、過去の歴史ではなく現在なのだ。第28話から、虎の穴はリニューアルされた。シルクハットにマントを着けたアルセーヌ・ルパンのような人間が出入りする百年前の秘密結社から、コンピューターで管理された未来型の組織に改変される。猛虎が野性の牙を剥くべき敵は、過去の遺物ではなく、酷薄なコンピューター社会なのだ。
イエローデビルの出現により、タイガーマスクの設定時間が分裂していたことがあばかれてしまった。そして、幻の三人タイガーも、時間的矛盾を孕んでいた。強すぎて相手がいなくなり引退したという設定だが、それはいつの時代なのか?この世界には、ルー・テーズ、力道山という絶対的強者が存在するが、この二人より強かったのか?それ以前ということになると、かなりの年齢になる。ルー・テーズは、肉体的衰えを自覚して既に引退している。タイガーマスクの前には、この先、さらに、タイガー・ザ・グレートが出現する。この男、すなわち虎の穴のボスも、また、強すぎて相手がいなくなり引退したことになっている。その現役時代はいつだったのか?現在は何歳なのか?
ルパン三世というキャラクターがいる。テレビに初登場したのは、昭和46年。製作東京ムービー。現在も新作が作られ続けている。歳をとらないアニメキャラクターのようだが、サザエさんやのび太と違うのは、番組タイトルで年齢を明かしていることだ。アルセーヌ・ルパンの孫ということなら、およその年齢が推定できる。かなりの高齢になるはずだが、視聴者に文句を言わせないだけの説得力を確立させてしまった。主人公のキャラクターも特殊だが、作品自体が日本の漫画映画史から観て特異な位置にある。企画者に、日活で鈴木清順監督とともに異端の映画を作っていた人々の名前があることで首肯することも出来るが、他社の作品「ルパン三世」に宮崎駿や高畑勲ら東映動画労組の役員が参加していたことが不可解である。
「とはいえ、確実にやつの必殺技を破り、殺すためには、ビッグタイガーの力、ブラックタイガーのスピード、キングタイガーの反則、この三つのどれが欠けても失敗する。ならば結論は簡単。三つの条件を兼ね備えたレスラーがやつに挑戦する。すなわち、この私だ。ハハハハハ……しかし、私が出ていくことになれば、この虎の穴もおしまいだ」虎の穴のボスは、自室でウルトラタイガーブリーカーのフィルムを見ながら、タイガーマスクを分析し対策を練る。一刻も早くタイガーマスクを殺さなくてはならない。過剰な自信家なのだが、それでもフィルムを回して研究する慎重な小心者の一面もある。完全主義者と言うべきか。なにより、タイガーマスク程度の小僧を始末するために自分が出ていくことについてプライドが許さない。また、配下にタイガーマスクに勝てるレスラーが一人もいないなら、虎の穴は既に終っているとも言えるのだ。ウルトラタイガーブリーカーを稚拙だと大笑いした後に、虎の穴の現状を冷静に見極めて苦笑する。なんとも複雑で魅惑的な男である。
この虎の穴のボスのキャラクターデザインに注目されたい。ビッグ、ブラック、キングの三人タイガーより強いという設定なのだが、筋骨隆々の巨人ではなく、また、奇矯な覆面やコスチュームをまとわせることもせず外見は普通のビジネスマンのような姿に描かれる。眼鏡まで掛けさせたのは、むしろ弱々しく見せるためか。視聴者はその姿に意表をつかれる。そして、惹き付けられずにはいられない。アニメタイガーマスクの完結編を保証する人物として登場したかのようだ。
高岡拳太郎が日本プロレス協会に所属したことで、妹洋子を擁するちびっこハウスとプロレス業界の結びつきは深くなった。ちびっこハウスがプロレスに熱中する必然性が強固になったと言い換えてもよい。第80話「新星誕生す」は、それまで前座レスラーだった高岡拳太郎(リングネームはケン高岡)が大抜擢されて、メーンエベントのシングルマッチに出場する話。もともと虎の穴のエース候補だった優等生なので、実力からすれば当然のことでもある。ちびっこハウスの面々にとっては、今後は高岡拳太郎の試合がテレビ放送の時間帯で観戦出来ることがめでたい。なお、この時点で高岡拳太郎がイエローデビルであったことは、ルリ子も健太も気付いていない。
さて、キザにいちゃん伊達直人は拳太郎を伴い、ちょくちょくちびっこハウスにやってくる。その前は、大門大吾を連れて来た。拳太郎と大門はプロレスラー。されば伊達直人は何者なのか?答えを知っている視聴者はハラハラする。ここで健太が動き出す。拳太郎からタイガーマスクの正体を聞き出そうとするのだ。健太が何故特別なキャラクターかというと、こいつは劇中人物であると同時に視聴者の代表なのだ。お客様なのだ。三波春夫の至言「お客様は神様です」はこの国で商業を営む日本人にとって痛切だった。お金を出してくれるありがたいものである反面、厄介で恐ろしいものである。「タイガーマスク」の作家にとっても、健太はときに邪魔な存在になった。戦いでピンチにおちいった時、会心の勝利の瞬間、タイガーマスクが真っ先に思い浮かべる顔は健太である。間違ってもルリ子であってはならなかった。兄拳太郎が少年から大人に成長しても、健太のそばにいたため妹洋子は成長することが許されなかった。設定を矛盾させたまま物語を書き進めていかなくてはならなくなった。柴田夏余はしかし、この両刃の剣を使った。視聴者の気持ちを代弁させるかのようにタイガーマスクの正体さぐりに乗り出させる。とまどうのは、伊達直人と、そしてルリ子。断じて口に出せない二人だけが知る秘密。秘めた思いが動き、心の奥での結びつきが強まる。柴田夏余は、健太を恋の天使代わりにしたたかに利用するのだ。健太がなにげなく口にしたルリ子の意外な一面について、直人が興味を示す細かい描写もある。この80話最後の伊達直人の台詞も聞き逃せない。初めてのメーンエベントの試合を快勝で飾り、うかれる拳太郎を、まだ虎の穴の追撃は続いていると戒めた後、『おれは、用心深さでここまで生きのびてきた男なのだ』とつぶやく。密林にひそむ夜行性の虎をイメージさせる。また、伊達直人が虎の穴に狙われながら、ふらふらとちびっこハウスを訪れるのは、キザにいちゃんの芝居を徹底的に演じ切る自信があってのことだったというエクスキューズになっている。別人になりきれる人間は、すなわち悪人である。やはり奸智に長けた黄色い悪魔こそが、この男の本性なのだ。虎の穴のボス対伊達直人。最後に勝つ方が本物の悪魔だ。
ビッグ、ブラック、キングの三人の支配者が死んだため、この地位の後任にはミスターYとミスターZが指名された。経歴、実力からいって、本当なら任命されてしかるべきだったミスターXは、対タイガーマスク専従のプローモーターに降格。ただし、X本人は死刑を猶予されたことでほっとしている。こうなった以上、一刻も早くタイガーマスクを殺さなくてはならないのだが、その使命を完了させた後のXの処遇は……。ところで、タイガーマスクを倒すと言っても、もはや虎の穴にその実力を持ったレスラーが存在しない。確実に弱体化した敵組織の実情が視聴者にあきらかにされる。Xは外部にレスラーをもとめ契約する方式を取ることになる。はからずも、ミスターXが謎の強敵を連れてきて、タイガーマスクに挑戦させる。それを、ちびっこハウスの健太やルリ子が心配するという、番組初期の王道パターンが復活した。
世界中のレスラーのデータを記憶していると言われるXが、一番に接触したレスラーはユニバーサルマスク。空中戦が得意な宇宙仮面。このレスラーは原作漫画に登場する。タイガーマスクのNWA世界覆面チャンピオンに挑戦するために自分の意思で来日してきたレスラー群の一人だ。小柄なレスラーだった。身軽さを表現するためと、目撃された宇宙人の姿が意外と小さかったという報告に基づくものか。「宇宙大戦争」などのSF映画の宇宙人も小さい。木村圭市郎はこれをアニメイトしやすいように長身細身に描き変えた。マスク、コスチュームの本来の色は淡い黄色なのだが、これもテレビ画面での視認性を考慮して濃い赤に変更している。奇妙な宇宙人レスラーという特性は損なわれた。そして、この第82話が木村圭市郎のタイガーマスク最後の仕事になった。タイガーマスク対ユニバーサルマスクの試合形式は金網デスマッチ。これも原作通り。タイトルをかけたタイガーマスクの覆面デスマッチシリーズは、危険で残酷という非難や苦情が殺到したため体育館や公共施設が使用を許可しなくなった。特にゴルゴダクロス戦は、マットの中央に釘だらけの十字架を立て、ロープ代わりに鉄条網を張っての大流血戦だった。かと言って、いまさら普通の試合形式に戻したのでは客が満足しない。日本プロレス協会は、アメリカでも認められている金網デスマッチにすることで体育館側と妥協し合ったというリアルないきさつが語られる。テレビ版では、そういう経緯は省かれた。第82話「金網の中の死闘」の脚本は、近藤正。この回から名前が見られる。デスマッチは危険であり邪道だからやめろとジャイアント馬場に反対させている。しかし、覆面ワールドリーグ戦、赤き死の仮面戦、死人まで出た幻のタイガー戦を経た後での、馬場のこの反対は、ちぐはぐな感がある。よく似た形式ということで、鉄格子の中で戦ったブラックパイソンとのアフリカンデスマッチをタイガーとルリ子がそれぞれに回想する。タイガーにとっては、虎の穴の最初の刺客を迎え撃った試合。虎の穴の存在をまだ知らないルリ子にとっては、健太のために反則を捨てて戦ってくれた試合だった。ルリ子は、このユニバーサルマスク戦も大きな転機になるのではないかと予感するが、特に何も起こらない。なお、原作では、ブラックパイソン戦が健太初登場のエピソードだった。それまでは、チー坊という子がちびっこハウスの代表的存在。アニメでは初回から健太が登場し、チー坊の姿は描かれない。わずかに、下駄箱の名札にその名が見られるだけである。ユニバーサルマスクは、タイガーの肩の上に乗って、覆面を3分の1ほど脱がせるという原作漫画通りの役目を果たして退場する。ここで、テレビ観戦していたルリ子が『あの口元は、やっぱり直人さん…』と思うのだが、タイガーマスクの正体が伊達直人であることを確信しているのか、半信半疑なのか、脚本家によって解釈が異なっているようだ。
第83話「幸せはいつ訪れる」。54話から登場したミクロの決着編である。脚本はもちろん、このキャラクターの創造者柴田夏余。高田という伯父が、偶然ミクロを見つけ、引き取りを申し出た。このなりゆきを伊達直人の視点から観察してゆく。物語の舞台は、ちびっこハウスが中心となり、伊達直人もここにとどまる時間が長い。高田家は裕福であり、血縁関係もあり、何の障碍も無さそうである。ミクロ自身も素直にこの話に同意した。ただ、ほかのみなしごが動揺する。当然、嫉妬するのだが、一所懸命その気持ちを隠そうとしている姿が、変な演技になってしまう。一点、問題があるとすれば、太郎という従兄がいて、この男が、自家用車や飼い犬を自慢する。まったく平均的な少年に過ぎないのだが、みなしごから見れば、はなもちならない俗物だ。洋子と健太が姉や兄のつもりになって心配する会話がいじらしい。健太が、この太郎を評した一言「ちょっとしたキザ兄ちゃんのできそこない」。この言語表現はすばらし過ぎる。実体が全く浮かび上がらないぞ!物かげで話していた二人の会話を盗み聞きしていた伊達直人だが、思わぬところで自分のことを言われて、かくっとくるギャグにもなっている。ただし、その本心をさらに深くさぐるなら、うらやましいだけではない部分を見つけて納得しようとしているのだ。齢の近いチャッピーだけは、嫉妬を隠さない。ミクロをいじめて、直人に叱責されると、悪態をついたあげくルリ子のもとに走っていって号泣した。「ミクロのおばさんがやさしそうだから、うらやましくてミクロにいじわるしたの!」さすがのルリ子も、チャッピーを諌める言葉がない。そのルリ子にもせつない場面がある。引き取られていくミクロのために、自分の出来る精一杯のこととして、ミクロの持ち服をを全部洗濯してやる。過保護で育ったミクロが誰よりも服を多く持っていることは、初登場時に描かれた。ルリ子はあいかわらず洗濯板を使った手洗いである。ところが、その当日、ミクロは高田夫妻が用意してきた新しい洋服を着て、大喜びなのだ。
この話の終り方は、やや強引の感がある。高田家ではプロレスが見せてもらえないと言ってミクロが戻ってくるのだ。(高田は車で迎えに来たが校区は同じで、歩いて行ける距離。)わがままな性格は変らず、困ったルリ子は、ここでタイガーマスクに電話した。電話一本で到着したタイガーマスクは、ちびっこハウスの庭でミクロと二人きりになって、高田家へ戻るように説得する。このシーンの不自然な点は、まず、神に等しいタイガーマスクが庭に来ているというのに、健太がまったく騒がないこと。もちろん、それ以前に、戦うスーパーヒーローであり、すでに国民的人気スポーツ選手になった主人公の使い方としておおいに疑問である。……実は、この回のサブタイトル「幸せはいつ訪れる」の真意は、伊達直人と結婚できる日を待ちのぞむ、若月ルリ子の心情なのだった。ミクロの養子縁組の騒動は、お嫁入りの暗喩だった。若月ルリ子と柴田夏余にとってのタイガーマスクは、覆面世界チャンピオンであるよりも、庭にいてほしい人なのだ。
「タイガーマスク」最後の年となる昭和46年。作品的充実に反して、視聴率は目に見えて低下している。(放映リスト2参照)この年は、子供番組に大変革が起こったのだ。1月2日フジテレビで「宇宙猿人ゴリ」(→「スペクトルマン」)が放送開始。しばらく途絶えていた実写怪獣番組なので注目された。放送時間帯は土曜日の午後7時から7時30分。裏番組には読売テレビの「巨人の星」があった。不動の人気番組として他局の脅威であり続けていたのだが、スペクトルマンは、これに肉迫する。4月2日からはTBSで「帰ってきたウルトラマン」が始まり、そして、4月3日、毎日放送の「仮面ライダー」がスタートする。子供の興味はスポーツアニメから、変身怪獣物に移った。「仮面ライダー」の掲載誌は「タイガーマスク」と同じ講談社のぼくらマガジン。爆発的な仮面ライダー人気に押されて、ぼくらマガジンは休刊し、仮面ライダーを全面に押し出したTVマガジンが創刊される。タイガーマスクの漫画連載は少年マガジンに引き継がれた。それまで、タイガーマスクを支持していた低年齢層の人気を仮面ライダーに持っていかれたために居場所を失った格好。これより数年間、空前絶後の量の変身怪獣番組が製作される。
第84話「勝利への誓い」脚本安藤豊弘、作画監督森利夫。事実上のメインライターと総作画監督のコンビである。しかし、内容は、高岡拳太郎の心理描写に焦点をしぼったような繊細な話で、劇的な新展開は見られない。ミスターXにはフリーへの転向話を持ちかけられる。拳太郎の実力があれば世界を舞台に活躍できるレスラーになれるとおだてる。Xは虎の穴の支配者が交替したことまで正直に話し、タイトルへの挑戦もバックアップすると約束する。チャンピオンになれば収入は上がり、なにより、妹を孤児院から引き取って一緒に暮らせると甘い言葉で拳太郎の心を揺さぶった。また、母の日に洋子の胸に白いカーネーションをさして、ルリ子には注意された。ここには母親の生死すらわからない子供がいるのだと。できるだけ、ちびっこハウスへ通って、洋子にあってやろうとした拳太郎の行動が、ときに他の子供の心を傷つけていたのだと気づく。そして、虎の穴との戦いに揺らぐことのないタイガーマスクの毅然たる正義と、ばかにされるほど、みなしごに慕われている伊達直人の偉大さをあらためて知るのだった。拳太郎が洋子にカーネーションをつける場面に、チャッピーがいる。これまで三頭身か四頭身で描かれていたチャッピーの足が長くなっている。成長したのか?
第85話「死のハンター」脚本辻真先、演出勝間田具治。ミスターXは、ジキルアンドハイドというレスラーに目をつけるが、人気選手であるためスケジュールが押さえられない。時間が残されていないXは、殺し屋を使って伊達直人暗殺計画に出た。風邪を引いた健太を見舞いにちびっこハウスに寄ったため、直人はプロレス協会とは別行動をとって東京から下田へ向う。このルート上に配置した殺し屋どもが手の込んだ罠を仕掛けるという凝った脚本。加えて、先に到着した馬場や拳太郎が試合開始時間が迫っても現れないタイガーを心配し、視聴者とともにはらはらさせる趣向。ミスターXのリング外での暗殺作戦は、これまでにもあったし、この後にもある。面白いか面白くないかは別として、より確実性の高そうな暗殺作戦が許されるなら、プロレスラーを使った試合形式でのタイガー抹殺計画の必然性がうすれる。また、今回、若月ルリ子の声色をコピーして電話で直人を呼び出す女殺し屋(ジェーン)が登場する。虎の穴が、そこまでちびっこハウスについて調査しているのなら、みなしごを誘拐するなどして脅迫すればよい。なぜか、この最大の弱点に手を出さないことが不自然である。結果として作戦計画の不徹底さ加減が見えてくるのだ。
第86話「ジキルアンドハイド」ミスターXは、ようやくジキルアンドハイドと契約を交わして、日本へ呼んだ。その名の通り、序盤は正統派レスラーであるが、途中から悪役に変貌するというレスラーだ。脚本は、近藤正。ユニバーサルマスク戦の「金網の中の死闘」、この回「ジキルアンドハイド」、デビルスパイダー戦の「悪魔の蜘蛛の巣」、そして、ピラニアン戦の「ザ・ピラニアン」と、この時期の主要な試合ばかり担当している。プロレスに詳しい、あるいはプロレス好きな脚本家がようやく参加してきたのか?ジキルアンドハイドは、原作の覆面デスマッチシリーズに登場するレスラー。近藤が書き加えたのは、この試合にちびっこハウスの連中を招いたこと。試合後、ルリ子とみなしごが控え室を訪問する。タイガーマスクにモノローグで『おれが伊達直人と名のれるのはいつのことだろうか…』と言わせている。そして、ラストシーンは、拳太郎にカメラを持たせ、タイガーマスクとルリ子を並ばせて二人だけの写真を撮る。途中参加の脚本家近藤正は直人とルリ子のハッピーエンドで物語が終ることを考えていたようだ。